プロフィール
2022年に、第一子の息子を34週と5日、2074gで出産しました。
34週1日目に陣痛が起こったものの、出産にはまだ早いとの事でウテメリンを投与。
しかし、副作用と持病の悪化でこれ以上は危険と判断が下り、34週5日目で帝王切開にて出産しました。
現在1歳8ヶ月となりましたが他の子の平均より大きく元気に成長しています。
ママのプロフィール
出産時期 | 2022年3月 |
出産当時の年齢 | 29歳 |
妊娠期間 | 34週5日 |
少し小さい赤ちゃんを出産した原因 | 早期の陣痛、張り止めの副作用による持病の悪化で母子のリスクが高くなった為 |
出産病院種別 | 総合病院 |
単胎or多胎 | 単胎 |
分娩方法 | 帝王切開 |
分娩所要時間 | 21分 |
お子様のプロフィール
現在の年齢 | 1歳8ヶ月 |
性別 | 男 |
出生順位 | 第一子 |
出生体重 | 2074g |
出生身長 | 45cm |
出生時の主な異常 | 呼吸障害、黄疸、哺乳困難 |
NICU/GCU入院 | あり |
NICU/GCU入院期間 | 27日間 |
退院時の赤ちゃんの状態 | 体重2300g以上、哺乳時に酸素化安定、ミルクにとろみをつけて飲ませる |
退院後の栄養方法 | 混合 |
現在の主な異常 | 歯がまだ7本しか生えていない、少し言葉が遅い |
出産体験記

初めての妊娠
妊娠初期から力仕事をしていたこともあり、腹痛がありました。
そのせいで切迫早産になり、医師の指示のもと、自宅で安静にしていました。
悪阻は眠気と食べ悪阻で、体重が3ヶ月ほどで10kg増、出産前には妊娠前よりも20kg増えていました。
34週1日、危うく電車で出産しそうに
34週1日、あと2日で産休に入れるー!とウキウキしながら仕事へ。
朝からほとんど胎動がないなぁと思いつつ、しゃっくりしている振動があったのでそこまで気にしていませんでした。
10時ごろから腰が重く痛むような感覚がありましたが、腰痛持ちのため、中腰で腰を痛めたのかな?くらいに思っていました。
その後、お昼休憩でトイレに行くと少量の出血があり、上司に報告すると「それは帰ったほうがいいよ」と言われ早退。
病院に電話すると受診するようにと言われたのですが、腰痛だと思っていたので電車で移動することに。
職場から病院までは電車で1時間ほどでしたが、電車に乗って30分ほどで、だんだん腰痛がひどくなってきて、ついには前屈みじゃないと耐えられない痛みに…。
この時、私はこれが陣痛だとは気付かず、「ヘルニアが再発したのかも..」と思っていました。
乗り換えもありましたが、ヨチヨチ歩きでなんとか移動。
やっとのことで病院の最寄り駅に着いたのはいいのですが、ホームの1番端に降りてしまいました。
途方に暮れていた所、1組の親子が降りてきてくださり
「妊婦さんお腹痛いの?陣痛じゃないの?肩貸してあげるから改札まで歩けそう?」と付き添ってくれました。
この時は本当に助かりました。
そしてその方がタクシーを呼んでくださり、近くにいたお婆さんは、タクシーが来るまで背中をさすってくれました。
本当にありがたかったです。
病院まではタクシーでワンメーターの距離でしたが、運転手のおじさんが「お金はいらないから元気に赤ちゃん産むんだよ、頑張れ!」と言って病院で降ろしてくれました。(本人はまだヘルニアだと思っています)
病院について救急外来の入口で名前を伝えると、看護師さんが車椅子を持ってきて内診室に連れていこうとしてくれたのですが、産婦人科病棟から来た助産師さんに「その子陣痛だから!このまま分娩室だよ!!」と言われ、まじ?となりました。
分娩室に運ばれている間に主人に連絡。
「え?俺もうパパになるの…?」と主人もパニックになっていました。
分娩室についてからは点滴と内診をされ、子宮口は4cmだけどまだ早いからということで、張り止めのウテメリン投与を開始。
ウテメリン投与を開始してから張りが落ち着いてきたので、あぁ、本当に陣痛だったんだ…と思いました。
張り止めを使うも副作用に体が限界に
ウテメリンの投与を開始してから張りは治ったものの、量を減らすと張りが再開するため減量できませんでした。
その後、副作用で頻脈となり、脈は150〜170台。
手足の震えが止まらず嘔吐を繰り返しました。
さらに、重症喘息の持病があり、体にかかるストレスがマックスであったため、喘鳴も出始め、Spo2(酸素飽和度)も低下してきました。
病院についてから4日後、34週5日に「もう出産しましょう、お母さんが危ないです。お母さんが危ないと赤ちゃんも守れません」と主治医から言われ、出産することに。
元々帝王切開の予定だったので、同意書などにサインしました。
コロナ禍だったので面会はできませんでしたが、主人が病院に来てくれて、手術室に行くまでの間と術後に5秒ほど主人に会えました。
手術室では、背中を丸めて麻酔を打たれて上を向いた時に、血圧が急激に下がって悪寒が止まりませんでした。
無影灯にはお腹が反射してうっすらと映っていたので、目を逸らしました。
助産師さんがずっと手を握って「大丈夫大丈夫!」と言ってくれたので、すごく安心したことを覚えています。
また、主治医からは「34週での出産になるので、もしかしたら生まれた時に泣いたりできないかもしれないよ」と言われていましたが、出てきた瞬間に大きな声で泣いてくれて、
その瞬間、自然と涙が止まらなくなり、生まれた、よかったと思いました。
息子は呼吸がうまくできず、小児科の先生が急いでNICUに運び挿管となったため、出産当日はほぼ会えないまま。
術後、私は一晩ICUで過ごしましたが、夜に小児科の先生が会いにきてくれて、息子の写真と今の状態を説明してくれ、その時に初めて息子の顔を見ることができました。
赤ちゃんが入院中のママの体験談
産んだのに近くにいない寂しさ
小さな体にたくさんの管がついている息子を見た時に、早く産んでしまってごめんねという気持ちがありました。
それ以上に可愛いと思う気持ちの方が大きかったですが、やはりつらい気持ちはありました。
病棟では、他のお母さんたちは赤ちゃんのお世話をしたりしていますが、私は近くに赤ちゃんはいなくて、痛みに耐えながら200mほど離れたNICUまで行き、面会は1日に2回20分だけ。
一緒に連れて帰ってあげられない寂しさと、治療をしている姿を見るのはつらかったです。
自分の退院が近づくと涙が止まらず、面会中はずっと泣いていました。
頑張っている息子の笑顔
抜管してCPAPなどに切り変わって、保育器内の酸素のみで呼吸が可能となり、出産から7日目で初めて抱っこできました。
初めて抱っこする息子は軽くて小さくて、そして愛おしかったです。
新生児微笑ではありますが、初めて抱っこした時にとびきりの笑顔を見せてくれました。
しかも写真に収めることができた…これは私の一生の宝物です。
育児中の体験談
直母絶対にしません!な息子
哺乳瓶に慣れてしまっていた息子。
母乳はよく出る方だったので直母を夢見ていましたが、おっぱいを近づけると手で払いのけるほど嫌がり、口に入れるとオエっとされました。
何度試してみてもオエっとされるので心が折れ、搾乳であげていましたが、寝る時間の確保ができず、2ヶ月ほどで完ミに変わりました。
小児科の先生も
「お母さん、十分頑張っているんですよ。母乳はお母さんの血液、それを寝る時間を割いて子どもにあげようと頑張っていたんですよ。もっと自分を褒めてあげてください。すごいことなんですよ」
と言われた時は嬉しかったです。
ご褒美に、帰りにコンビニでシュークリームを買いました。美味しかったです笑
そして、寝るのが大事だ、自分を大切にしないと!と思ったので、搾乳はすっと辞められました。
その後缶ミルクに変えましたが、たくさんミルクを欲しがるのであげていたら、今度はあげすぎだと怒られてしまいました。
赤ちゃんがいる生活
多分息子は他の子に比べるとゆっくりな発達です。
首が座るのも少し遅く、寝返りができたのは8ヶ月、ハイハイは1歳を過ぎてからでした。
ですが、長く赤ちゃんの期間があると思い、ゆっくりな息子の成長を見守ることができるのを嬉しく思っています。
下の子が産まれて赤ちゃん返りをしていますが、そんなところも愛おしいです。
また、離乳食はベビーフードを沢山使いました。
アレルギーもわかりやすいし、何せ早く済む。
手作りのものよりもよく食べてくれるし、片付けも楽で、本当に重宝しました。
そんな、頑張らない育児をすると決めた母ちゃんに、好き好きしてくれる息子は天使だと思っています。
子どもの成長・発達に関する情報
生後1ヶ月(修正0ヶ月) :自宅での育児開始

体重 | 2800g |
身長 | 52cm |
栄養方法 | 母乳 |
生後1ヶ月になる3日前に家に帰ってきてくれました。
小さな息子、初めてのお家、私たちにとって初めての赤ちゃん。
何をしてもどうしよう!とテンパりながらの育児が始まりました。
夜中もずっと唸っていて、赤ちゃんってこんなにうるさい?と思いましたが、朝起きた時に横にいる息子が可愛くて可愛くて仕方ありませんでした。
生後5ヶ月(修正4ヶ月) :声を出して笑い、離乳食も開始!

体重 | 7600g |
身長 | 63.4cm |
栄養方法 | 完全ミルク |
生後3ヶ月ごろから、声をかけるとニコニコと笑顔を見せてくれるようになり、とても可愛いく感じました。
生後5ヶ月頃には、うつ伏せが大嫌いで寝返りもしませんでしたが、パパとあやしている時に、「ゲヘヘ」と声を出して初めて笑いました。
食べるのは大好きで、私たちがご飯を食べていると、よだれをたくさん出して口をぱくぱくとする息子。
修正生後4ヶ月半でしたが、先生に確認してもらい、離乳食を始めました。
どうやら本人はミルクよりも離乳食の方が好きなようで、離乳食の時は足りない足りない!と大泣き。
アレルギーも特になく、たくさん食べて大きくなりました。
1歳(修正11ヶ月) :つかまり立ちやハイハイができるように!

体重 | 11kg |
身長 | 74cm |
栄養方法 | 離乳食後期 |
1歳になる時に風邪をもらってしまい、家族全員がダウン。
さらに私は、2人目の妊娠と喘息の悪化によって、2週間ほど入院しました。
入院の間、面会はできないのでテレビ電話でお話ししようとすると、私の顔を見て大泣き。
夜中もママーと泣いていました。
入院前はまだつかまり立ちもハイハイもできなかった息子ですが、私が入院中にお父さんと特訓してできるようになりました。
退院後は寂しかったのを埋めるようにママっ子に。
もともとはつかみ食べしたり、自分で飲んでいたりしたのですが、退院後は赤ちゃん返りし、自分で食べない飲まない、ママが見えないと大泣きと大変でしたが、
息子と離れて過ごすより、そばにいる方が嬉しいので仕方ないかなーと思っています。
お子さんへのメッセージ
小さく産まれた息子は、今身長はほぼ倍の84cm、体重も12kgまで大きくなりました。
小さい時から、朝ママより先に目覚めても1人で遊んでくれていて、ママと目が合うとニコッと笑ってくれていました。
その瞬間、私は世界で1番幸せだーという気持ちにしてもらっていました。
おうどんが好き、クッションの角が好き、ぬいぐるみの鼻が好き、そしてママとパパが大好きな息子。
10月にお兄ちゃんになり、弟が泣いていると1番最初に近づいてヨシヨシしてくれる優しいお兄ちゃんです。
これからもすくすく大きく元気で笑顔いっぱいに育ってね。
そしていつまでもママっ子でいてね笑
少し小さい赤ちゃんを生んだママへ、一言メッセージ
早産になってしまった時、息子に申し訳なさを感じていました。
多分早く産んでしまったり小さく産んでしまったりしたお母さんは、先に自分を責めてしまうと思います。私もそうでした。
でも、小児科の先生に
「この子達が産まれたのには理由があるんですよ。それはこの子たちがどうしても早くママやパパに会いたかったからだと思うんです。みんなより早く会って抱きしめてもらいたくて少し早く出てきてくれたんですよ。この小さい体も、本当はお腹の中にいるから見られない成長を見せてくれているんですね。この子はママが本当に大好きなんですよ」
と言われた時に、少し気持ちが軽くなりました。
そして、みんなよりも注射や点滴、呼吸器や検査、たくさん大変な事を乗り越えてくれました。
この子は強いです。
今も病院での検査や注射もほとんど泣かないです。
そしてママを愛してくれています。
なので、早く産んでしまった事を後悔ばかりせず、子どもの成長を見守って応援してあげてください。
赤ちゃんはすごいです。
1日だって同じ日はありません。
毎日成長して大きくなってくれます。
そして成長を見ることができるのは私たち親の特権です。
まずは出産を頑張った自分を褒めてあげること、そして赤ちゃんの成長を一緒に楽しんでいきましょう。
大変なことばかりですが、息子が産まれてくれて本当に幸せです。