34週1日 1872g 突然の破水(切迫早産)あおうさぎさんの場合

プロフィール

2023年に、第一子の息子を在胎週数34週1日、1872gで出産しました。

妊娠初期から少量の出血があり、切迫流産を乗り越えてようやく安定期に入りましたが、25週で切迫早産の診断を受け自宅安静になりました。

第一目標としていた34週を無事に迎え、次は37週を目指そうとしていたところ、その日の夜に突然破水し、そのまま出産になりました。

もうすぐ5ヶ月になる息子は、まわりに比べてゆっくりではありますが、息子のペースで日々成長しています。

ママのプロフィール

出産時期2023年7月
出産当時の年齢29歳
妊娠期間34週1日
少し小さい赤ちゃんを出産した原因突然の破水(切迫早産)
出産病院種別総合病院
単胎or多胎単胎
分娩方法緊急帝王切開
分娩所要時間不明 

                  

お子様のプロフィール

現在の年齢生後5ヶ月
性別
出生順位第一子
出生体重1872g
出生身長45cm
出生時の主な異常低血糖、黄疸、低体温
NICU/GCU入院あり
NICU/GCU入院期間22日間
退院時の赤ちゃんの状態体重2170g
直母ではほとんど飲めませんでした。
退院後の栄養方法完全母乳(搾母乳)→その後母乳多めの混合へ移行
現在の主な異常生後4ヶ月半(修正3ヶ月)で首が座りましたが、生後5ヶ月になっても寝返りをする素振りは全くありません
退院後から定期的にフォローアップ外来に通っています

出産体験記

切迫流産・切迫早産による自宅安静の日々

思い返せば、妊娠初期から何かと心配や不安な日々が続きました。

初期には出血混じりのピンクのおりものや突然の出血があり、切迫流産と診断されて1週間の自宅安静となりました。

出血の原因は、胎盤のへりに血腫ができたことでした。

その後、ようやく胎盤が完成し、切迫流産も乗り越えて安定期に突入したと思いましたが、23週頃からまた異変が起こりました。

何もしていないときや横になっているときにもキューッと締め付けられるようなお腹の張りがあり、25週には切迫早産で自宅安静の指示を受けました。

このとき、子宮頸管長は20mmでした。

自宅安静となったため、仕事を休むことになり、早めの里帰り生活が始まりました。

結局仕事復帰は叶わずそのまま産休へ。

週に1度、経過観察のためにクリニックを受診する以外は家の中にこもり、ご飯、トイレ、2日に1回のシャワー以外は極力横になって安静にする日々が出産まで続きました。

34週1日で破水

34週を迎える前日に経過観察のために受診しました。

子宮頸管長も特に変化はなく、20mm前後を維持していました。

医師からは「第一目標だった34週を無事に迎えられそうだね、この調子で37週を目指そう」と言われ、少しだけ安心していました。

そして翌日、無事に34週を迎えることができ、いつも通り過ごしていましたが、私が夜寝ようとするとなぜかお腹の赤ちゃんが元気に動き出しました。

27週からずっと逆子になっており、切迫早産で逆子体操もできなかったため、自然とくるっと回ってくれるのを待つしかありませんでした。

この日もいつものように赤ちゃんがドカドカぐにょぐにょと動き出し、私は「その調子でくるんとまわっていいよ〜」なんてのんきに思っていました。

すると、下の方を勢いよくドカンっと蹴られたかと思うと、股の辺りで何かがパチンと弾けた感覚が。

それと同時に生温かい液体がバシャーと流れ出てきました。

びっくりして恐る恐る立ち上がると、出血の混じったピンク色の液体がどんどん出てきました。

みるみるうちにお腹はしぼんでいき、破水したんだと確信しました。

総合病院に搬送され、緊急帝王切開で出産

出産を予定していたクリニックで診察してもらい、完全破水の診断を受けました。

逆子であったため緊急帝王切開する必要があり、張り止めの点滴と導尿の処置を受けてからNICUのある総合病院に搬送されました。

搬送中は、すっかりしぼんでしまったお腹をさすりながら、ただただ赤ちゃんが無事であることを祈りました。

酸素を送ってあげるために、呼吸を意識することにも必死でした。

搬送先に着くとすぐに内診をされ、感染を防ぐための抗生物質の点滴も始まりました。

突然のことで全く気持ちが追いつかないまま、帝王切開術の説明を受けたり、同意書にサインしたりと、あれよあれよと手術への準備が進められていきました。

そして、手術が始まってすぐに小さな男の子が産まれました。

34週1日、身長45cm、体重1872gでした。

すぐに産声が聞こえず不安でしたが、しばらくして小さくか細い声で泣いてくれました。

泣き声を聞いたときは安心したのか涙がすーっと流れてきました。

息子はすぐに保育器に入れられ、NICUに連れていかれました。

「詳しい説明は後ほど」と言われ、お腹を縫われている間も息子のことが気になって仕方ありませんでした。

赤ちゃんが入院中のママの体験談

搾乳しかできない自分

息子は比較的呼吸状態がよく、出産翌日には保育器から出ることができました。

しかし、哺乳力が弱く、低血糖気味だったこともあり、しばらくは哺乳瓶から直接ミルクを飲むことができず、胃管チューブが繋がれていました。

帝王切開だった私はすぐに息子に会いに行くことができず、24時間の安静を経て、息子に会えたのは出産翌日の午後でした。

私にできるのは搾乳した母乳を息子に届けることだけ。

でも最初は母乳が全く出ず、NICUで頑張っている息子に何もしてあげられないことがつらかったです。

加えて、心の準備ができないまま出産する形になってしまい、産後すぐに会えないこと、我が子を近くに感じられないことなどから、出産したんだという実感が湧きませんでした。

管に繋がれた息子のことも、本当に自分が産んだ子なんだろうかと、なんとも受け入れ難い気持ちでいっぱいでした。

母子同室の病院でしたが、ゆっくり身体を休められるようにと家族に勧められるままに個室を選んでいたので、他のママと赤ちゃんに会う機会もなく、その点は良かったと思います。

毎日の面会時間が楽しみに

他のママさんが母子同室で赤ちゃんと一緒に過ごす中、私は離ればなれだったので、3時間おきの授乳時間に合わせて許可された45分間の面会が楽しみでした。

病院のスタッフの方は、「ママも身体を休めてね。毎回来なくてもいいよ」と言ってくれました。

しかし、私が息子にできるのはその時間に会いに行き母乳を届けることだけでしたし、会うたびにいろいろな表情を見せてくれる息子に会いたくて、毎回面会に行っていました。

また、呼吸状態が安定していたため、比較的すぐに直母の練習が始まりました。

なかなかうまくいかない日々でしたが、息子と一緒に頑張った日々はいい思い出です。

育児中の体験談

母乳育児にこだわる自分

先に退院した私は、息子が退院するまでの間、毎日搾母乳を届け、面会時間には直母練習をする日々でした。

退院後も直母ではなかなかうまく吸えず、うまくいったときでも30g程度しか飲めなかったため、不安でいっぱいでした。

「早産で生まれると免疫が弱く、感染症にかかると重症化しやすい」、「母乳育児は抗体をあげることで免疫力アップにつながる」と聞いていたため、せめて母乳で育ててあげたい!と、母乳育児にこだわって必死になっている自分がいました。

3時間おきの授乳のたびに直母の練習をし、その後で搾母乳を哺乳瓶で与え、哺乳瓶と搾乳器の消毒をしていました。

この流れだと慣れない育児の中では次の授乳までがあっという間で、まとまった睡眠も取れず、毎日ヘトヘトでした。

里帰り中だったため、近くで見ていた母がミルクを足したら?と助言してくれたものの、そのときは頑なに母乳にこだわってしまい、搾乳して量が少ないと必要以上に落ち込む自分もいました。

今思えば、母乳育児にこだわりすぎるあまり、搾乳のたびに一喜一憂してはストレスを感じたり、睡眠不足になったりしていたことが母乳の出にも多少影響していたのではないかと思います。

その後、時間はかかりましたが、直母練習の甲斐もあってだんだんと吸う力も付いてきて、直母で飲めるようになりました。

そして、冷凍していた搾母乳がなくなったタイミングで、途中からミルクも足すようになり、息子の体重も順調に増えていきました。

退院後の1ヶ月検診で、母乳多めの混合栄養にしていることを話すと「母乳とミルクのいいとこ取りですね!体重も順調に増えているしいい感じですよ!」と言ってもらえました。

そのときはミルクを足していることに罪悪感というか、不甲斐なさを感じていたときでしたが、その言葉でなんだか吹っ切れた自分がいました。

もし今同じように悩んでいる方がいれば、頑張りすぎないでいいんだよと伝えたいです。

息子のペースで日々成長

初めての育児で右も左もわからず、Instagramで情報収集したりする中で、同じ時期に生まれた他の赤ちゃんと比べては、「息子はやはり発達がゆっくりなんだ」と不安になる日々でした。

その当時は本当に心配で心配で、発達には個人差があるということも分かってはいるのに、焦る自分がいました。

でも、ゆっくりでも息子のペースでしっかり成長してくれて、今ではママとパパのことを認識できるようになり、笑いかけるとニコッと笑ってくれるようになりました。

生まれた病院で定期的に発達フォローを受けられることも、相談窓口があるというだけで心強く、安心感がありました。

子どもの成長・発達に関する情報

生後2ヶ月(修正1ヶ月):追視ができるようになった

体重約4500g
身長約55cm
栄養方法混合栄養

生後3ヶ月を迎える直前、ようやく息子の追視する様子を確認できました。

赤ちゃんは人の顔が好きで特に目を見つめるということを知ってからは、抱っこしているときに顔を近づけてみたりしていました。

しかし、新生児期を過ぎてからもずっと焦点が合わず、顔をじっと見つめてくれることはなく、むしろわざと目を逸らしている感じがあってとても心配していました。

調べると未熟児網膜症の情報を見つけ、病院で指摘されたことはなかったもののさらに心配になりました。

少しでもものを見る練習になればと思い、原色で赤ちゃんでも見やすい絵本を毎日見せていました。

その甲斐あってか、だんだん目で追うようになり、焦点も合うようになっていきました。

抱っこをすると見つめてくれるようになったときは、とても嬉しかったです。

また、時間はかかりましたが、生後3ヶ月頃から母乳育児も安定してきました。

GCUに入院していた頃から、毎日哺乳瓶で数種類の粉ミルクと母乳を飲んでいたからか、退院後も特に哺乳瓶拒否などを起こすこともありませんでした。

(退院時に確認したところ、市立総合病院のため粉ミルクの仕入れ先は固定しておらず、さまざまなメーカーから仕入れているとのことでした)

哺乳瓶拒否でミルクを飲んでくれないと悩んでいる方がいるという話も聞いたことがあったので、その点は最初のうちから慣れてくれていて良かったなと思いました。

生後4ヶ月(修正3ヶ月):首が座った!

体重約5500g
身長約61cm
栄養方法混合栄養

首が座っておらずぐらぐらで体も小さかったため、縦抱きするのが怖くて積極的にしていなかったというのもありますが、3ヶ月を過ぎても横抱きを好む息子。

4ヶ月になった頃からだんだんと縦抱きをするようになり、4ヶ月半頃にようやく首が座ってきたかなと思えるようになりました。

SNSを見ていると、同じ時期に生まれた赤ちゃんはもうとっくに首が座っていたりして焦る気持ちもありました。

少しでも首座りの助けになればと思い、数十秒だけでもと続けていたタミータイム(うつ伏せ遊び)では少しずつ顔が上がるようになっていきました。

そんなある日、いつも通りタミータイムをしていると、急にしっかりと頭を持ち上げることができ、驚きと喜びでいっぱいになりました。         

生後5ヶ月(修正4ヶ月):日々の成長を実感

体重約5800g
身長約61cm
栄養方法混合栄養

生後3ヶ月まで骨の成長を助ける薬を、生後4ヶ月半まで貧血のため鉄剤を服用する毎日でしたが、数値も改善したため、年内にはすべての薬を卒業できました。

年末で5ヶ月になり、今ではすっかり首も座り、次はいつ寝返りをするようになるのかなと息子の成長が楽しみです。

ママとパパのことも認識できるようになり、笑いかけるとニコッと笑ってくれて、日々成長しているのを実感しています。

これから離乳食を始めていく中で、次から次へと不安なことも出てくると思いますが、焦らず息子の成長を見守っていきたいなと思っています。

お子さんへのメッセージ

小さく産んでしまったけれど、ここまで元気に大きくなってくれてありがとう。

毎日あなたの笑顔に癒され、幸せをかみしめています。

ゆっくり焦らず、あなたのペースで成長していってね。

ママもあなたと一緒に成長していけるようにこれからも頑張るよ。

私たちのもとに生まれてきてくれて本当にありがとう。

これからもずっとずっとよろしくね。

少し小さい赤ちゃんを生んだママへ、一言メッセージ

私は逆子だったこともあり、緊急帝王切開で息子を出産しました。

突然の破水から始まり、心の準備ができていないままの出産だったこともあり、産後数日は正直「本当に自分の子なのだろうか」と、可愛い我が子を産んだことが実感できずにふわふわとした気持ちでした。

妊娠中はもちろん、産後も息子と離ればなれで他のママとは違う現実を突きつけられ、小さく産んでしまった自分を責め、何がいけなかったんだろうと後悔しました。

初めての育児で、普通に産んでいても不安や心配は尽きなかったと思いますが、無事に退院した後も、個人差があるとはわかっていてもやっぱり気になってしまう息子の成長や発達。

でも、同じ時期に生まれた赤ちゃんよりは少しゆっくりかもしれないけど、毎日少しずつできることが増えて、ニコニコ笑う息子の姿に癒され、ありがとうの気持ちでいっぱいです。

まだまだ私も未熟ですが、他人と比べて落ち込むことはせず、息子を信じようと思っています。

同じような境遇の方の経験を聞くことで安心できたり共感できたりすると思うので、私も誰かのために少しでもお役に立てたら嬉しいです。