2023年6月、第二子を34週1日、1830gで出産しました。
妊娠7ヶ月の頃、胎児発育不全と切迫早産と診断され、できる限り自宅で安静にしていましたが、34週直前に破水。
そのまま大学病院に搬送され、出産となりました。
コロナの影響で週に一度しか面会できず、退院までの1ヶ月はとても辛い期間でした。
現在生後6ヶ月になった娘は、腰座りはまだなものの、順調に成長しています。
ママのプロフィール
出産時期 | 2023年6月 |
出産当時の年齢 | 32歳 |
妊娠期間 | 34週1日 |
少し小さい赤ちゃんを出産した原因 | 原因不明の切迫早産、前期破水 |
出産病院種別 | 大学病院 |
単胎or多胎 | 単胎 |
分娩方法 | 経膣分娩 |
分娩所要時間 | 1時間1分 |
お子様のプロフィール
現在の年齢 | 6ヶ月 |
性別 | 女 |
出生順位 | 第二子 |
出生体重 | 1830g |
出生身長 | 39㎝ |
出生時の主な異常 | 黄疸、一過性低酸素 |
NICU/GCU入院 | あり |
NICU/GCU入院期間 | 27日間 |
退院時の赤ちゃんの状態 | 体重2300gを超える見込みがあり、 全身状態が安定していたため退院 |
退院後の栄養方法 | 混合栄養のちに完全ミルク |
現在の主な異常 | なし |
出産体験記
妊娠7ヶ月で切迫早産の診断
3年前、1人目を40週1日、3532gで出産しました。
待望の第二子も、お兄ちゃんと同じく何も問題なく出産するだろうなと、妊婦健診の超音波検査を毎回楽しみにしていました。
重いつわりにも耐え、性別も分かった妊娠7ヶ月。
突然クリニックの先生より、赤ちゃんが2週間程度小さく、胎児発育不全であることを伝えられました。
すぐに紹介状を持って、隣の市の大きなクリニックへ。
内診したところ、子宮口がすでに1㎝開いており、切迫早産だと言われました。
その時の私はもうパニック。
内診台で涙と震えが止まらず、体がみるみる冷たくなったのを覚えています。
里帰りを早め、実母に助けてもらいながら自宅安静をして過ごしましたが、上の子は年少さんに入園したばかり。
赤ちゃん返りもあって甘えたがりで、安静に過ごすこともなかなか難しい状況でした。
33週6日で前期破水
翌日から34週に入るという、33週6日。
私にとっては34週を超えることが大きな目標だったので、無事に乗り越えられそうでほっとした朝。
息子と園バスを待っている間に大量に破水しました。
これは破水だと、すぐに分かりました。
ちょうど健診の日だったので、急いで通っていたクリニックに行きましたが、早産のためここでは産めないと言われてしまい、救急車で大学病院に搬送されました。
完全破水でしたが、羊水は残っており赤ちゃんは元気だったので、感染予防の点滴を入れながら少しでも長くお腹にいてもらうことになりました。
34週まできたから大丈夫…という気持ちと、上の子の出産時のように「普通の」出産ができない焦りで気持ちが追いつきませんでした。
「体重管理ができていなかったから?」「安静にできなかったから?」
あの時のあれが、これが、と自分を責めて、出産までの2日間はほとんど眠れずに過ごしました。
そんな中、助産師さんが「大丈夫大丈夫」と手を握ってくれたり、他愛ない雑談をしてくれたりする時間が、救われる時間でした。
赤ちゃんの呼吸が弱いと言われ、涙涙の出産
34週1日の朝、24時間付けていた赤ちゃんのモニターの数値が少し下がってしまいました。
このまま誘発剤を入れ、出産しましょうと言う主治医。
様々な事態に備え、たくさんの同意書にサインをしました。
出産が楽しみだなんて気持ちは、正直ありませんでした。
破水した時に早産の覚悟はしたつもりでしたが、どうしよう、どうしようと焦ってばかり。
2000gもない赤ちゃんって、どんな見た目なんだろう。
可愛いって思えるのかな?ちゃんと泣いてくれるかな?
心配ばかりしていました。
幸い促進剤がすぐに効いて、陣痛が始まって1時間で娘は誕生しました。
産科医、新生児科医、たくさんの助産師さんや研修医、大勢に見守られて出産しました。
想像していたよりずっと小さい…。
でも、小さいながらも産声を聞くことができて、大袈裟かもしれませんが、「生きてる…良かった…」と。
これが、娘を出産後の最初の気持ちでした。
赤ちゃんが入院中のママの体験談
娘に会えない。周りを羨んでばかり
出産後すぐに娘はNICUに入院しました。
当日の夜、ほんの数分ですが、車椅子に乗って面会に行きました。
たくさんの管につながれている娘。
上の子よりもずっと細い腕には点滴の針が。
服も着ず、裸のまま狭い保育器に入っている娘に面会した瞬間に、涙が止まりませんでした。
娘の命を繋ぐために必要な処置だと分かっているのに、ごめんね、ごめんね、と何度も謝りました。
同じフロアの患者さんは、翌日から赤ちゃんと同室していて、廊下でコットを押している出産後のママさんとすれ違うのがつらかったです。
ですが、周りにはもっと大変な状況の妊産婦さんがたくさんいたので、「2人目だから…34週超えてるし…」と気丈に振る舞っていました。
私にとっては大変な状況だったんですけどね。
体重の報告に一喜一憂する毎日
私の退院後、大学病院では週に一度しか面会ができず、それ以外は毎日電話で体重と娘の様子を教えてもらっていました。
体重があまり増えていなければドーンと落ち込み、昨日より少しでも増えていれば、とても嬉しくなりました。
面会の時には病院スタッフの方が私の体調を気遣ってくれたり、ツーショットの写真を撮ってくれたりと、心遣いがありがたかったです。
退院の時には、たくさんの看護師さんがお見送りに来てくれて、1人の看護師さんが「私、娘ちゃん推しなんです♪」と言ってくれました。
娘が入院中は「ひとりぼっちにさせてかわいそうなことをしたな」と、そればかり考えていたのですが、そうではなく、
「たくさんの看護師さんにたくさん可愛がられて、娘にとってはつらいわけではなかったのかもしれない!」と思えた一言でした。
育児中の体験談
予想していなかった、完全ミルク育児
娘が入院していた病院は、週に1回、2時間しか面会ができず、直母での授乳はその時のみでした。
1ヶ月近く入院していたため、娘はすっかり哺乳瓶に慣れ、退院後に直母で授乳しようとすると、うまく吸えずに大泣きしてしまいました。
お互い大汗をかきながら直母、その後にミルクをあげるのがしんどくなり、少しずつ完全ミルクに移行しました。
上の子は完全母乳で育て、母体の戻りも早かったので今回もそのつもりだったのですが、生後2ヶ月には予想外の完全ミルク育児になりました。
初めは正直抵抗があったのですが、誰でも授乳ができる点、気軽に預けることができ上の子に時間を使える点が良かったです。
また、体重の増えも速く寝つきも良かったので、結果的に完全ミルクにして良かったと今は思うことができます。
実は、上の子の育児中、卒乳間際にディーマー(授乳時に不快感を感じる状態)になってしまい、とてもつらい思いをしました。
今回は周りに上手く頼り、無理せず授乳タイムを楽しもうと思います。
待ちに待った兄妹の対面
娘の誕生を誰よりも楽しみにしてくれていたのは、当時3歳半の息子でした。
毎日お腹を撫でては、早く一緒に遊ぼうね、と話しかけてくれていました。
突然の切迫早産で自宅安静、その後急に私が入院したため実家に預けられ、私が退院した後も搾乳や病院通いで寂しい思いをさせてしまいました。
赤ちゃんとの対面はどうかな?と心配していましたが、「可愛い可愛い!」と言ってくれて安心しました。
現在は生後6ヶ月の娘と、ちょうど4歳になった兄との兄妹。
おもちゃの取り合いや髪の引っ張り合いなど、日々目を離せない毎日ですが、2人で楽しそうに遊んでいる姿を見ると、産んで良かったなと心から思います。
子どもの成長・発達に関する情報
生後9日(修正マイナス1ヶ月):GCUに移動
体重 | 1738g |
身長 | 不明 |
栄養方法 | 混合栄養 |
生後9日でGCUに移動したとの連絡をもらいました。
これまでは保育器内で全身管理をされていたので、面会時も気軽に抱っこができる状態ではなかったのですが、GCUでは他の新生児と同じようにいつでも抱っこをすることができました。
面会時間いっぱいまで抱っこをして、別れ際は私がいつも泣いていました。
娘はそんなことは知らず、すやすや眠っていたそうです。
この日は初めて沐浴をしたようです。
気持ちよさそうに、体を伸ばしていて可愛かったです。
生後3ヶ月(修正2ヶ月):児童館や支援センターに通うように
体重 | 5500g |
身長 | 55cm |
栄養方法 | 完全ミルク |
近所の児童館や支援センターに通うようになりました。
この頃は生後3ヶ月で体重は5kgちょっとしかありませんでした。
月齢を聞かれると、大抵「小さめなのね〜」と言われ、そのたびチクっと心が傷ついていました。
「生後3ヶ月なんですが、少し早めに産まれたのでおチビなんです〜」までが、自己紹介のセットでした(笑)
生後6ヶ月の現在、「小さいのね〜」と言われることはかなり減ったように感じます。
生後6ヶ月(修正5ヶ月):寝返りや飛行機ブーンをマスター
体重 | 7200g |
身長 | 63.5cm |
栄養方法 | 完全ミルク |
首座りが遅く少し心配していましたが、生後5ヶ月でようやく小児科で首座りOKの判断をもらいました。
生後6ヶ月で寝返り、飛行機ブーンをマスターし、毎日得意顔で披露してくれます。
生後5ヶ月半ばで始めた離乳食も今のところ順調に進み、よく寝てよく食べよく笑い、我が家のアイドルです。
腰座りはまだまだなので、しばらくは様々な発達の面でフォローが必要だとは思いますが、あまり心配しすぎずに過ごしていこうと思います。
SNSや早産児ママのブログの見すぎ、調べすぎには要注意です。
もちろん励まされることもたくさんありますが、心配ごとも増えてしまうので、ほどほどに気をつけようと思います。
お子さんへのメッセージ
私たち家族を選んで産まれてきてくれてありがとう。
周りの子より、少し大変な思いをさせてしまってごめんね。
突然破水して、病院へ向かう車の中で、あなたの名前を決めました。
本当は全然違う名前をつけるつもりだったんだけどね。
この子はこれからたくさんの人に命を繋いでもらう。
そんな周りの人とのご縁を大切にできるように「結衣」と名づけました。
少し小さい赤ちゃんを生んだママへ、一言メッセージ
娘が早産になると分かった時、涙が止まりませんでした。
ものすごく心配だし、自分にとっては大変なことだけど、もっと早く小さく生まれて頑張っている子はたくさんいるので、自分の気持ちに蓋をすることも多かったです。
今でも自分を責める気持ちはゼロではありませんが、NICUの看護師さんに言われた
「小さく産まれた子大好きなんです。本当だったらお腹にいる姿を見せてくれているんだから」という言葉が、生後6ヶ月になりようやく受け入れられました。
子どもは本当に一瞬で大きくなってしまいます。
私は早産で娘を産んで、出産が奇跡であること、今しかない大切な時間を過ごしていることを実感しました。
そして、後期早産だからって、遠慮(?)せずにどんどんサークルに参加してくださいね。
悩みの種類、大きさはそれぞれですが、同じ子どもを育てるママ同士、盛り上がること間違いなしです。
児童館、支援センターのスタッフさんとのおしゃべりも楽しいですよ。
*本記事は、福井県ワクワクチャレンジコンテストによる支援金をもとに作成されています