プロフィール
2021年に第三子の息子を33週6日、1986gで出産しました。
切迫子宮破裂の診断を受け、緊急帝王切開での出産でした。
現在2歳半になった息子は呼吸器系が弱く、これまでに3回入院をしました。
関節も弱く、肘がぬけること5回…。
それでも体は平均以上に大きく、やんちゃに逞しく成長中です!
ママのプロフィール
出産時期 | 2021年5月 |
出産当時の年齢 | 41歳 |
妊娠期間 | 33週6日 |
少し小さい赤ちゃんを出産した原因 | 切迫子宮破裂(反復帝王切開による子宮壁の薄さと癒着のため) |
出産病院種別 | 県立病院 |
単胎or多胎 | 単胎 |
分娩方法 | 帝王切開(3回目) |
分娩所要時間 | 手術室に入ってから約30分後に出産(麻酔含む) |
お子様のプロフィール
現在の年齢 | 2歳8ヶ月 |
性別 | 男 |
出生順位 | 第三子 |
出生体重 | 1986g |
出生身長 | 41.5cm |
出生時の主な異常 | 新生児呼吸窮迫症候群、喉頭軟化症* |
NICU/GCU入院 | あり |
NICU/GCU入院期間 | 37日間(NICU8日間、GCU25日間、新生児室4日間) |
退院時の赤ちゃんの状態 | 2500gを超え、呼吸状態が安定し、経口哺乳ができるようになった後、予定日近くに退院しました |
退院後の栄養方法 | 混合栄養 |
現在の主な異常 | 呼吸器系が弱く、2歳で喘息を発症しました。 |
*喉頭軟化症とは:喉頭(喉の前側の部分)が柔らかく弱いことで、気管を狭めたり塞いだりしてしまい、喘鳴(呼吸をするときの音)が生じるもの。
出産体験記

ハイリスク妊娠
高齢出産かつ、2回帝王切開をしていたため、もともとハイリスクな妊娠でした。
妊娠がわかった時点で子宮壁の厚さが2mm(通常は1cm以上)であることがわかり、妊娠継続には慎重な管理が必要ということで、自宅での安静が始まりました。
仕事は総合病院の看護師のため、休職することに。
妊娠21週頃から下腹部痛が現れ、より高度な管理ができる周産期医療センターに転院となりました。
その後も、自宅安静、1日6回の張り止め薬の内服、隔週の通院を続けました。
30週に入った頃からは張りが増え、寝返りをうっても腹部がカチカチの状態になっていました。
ただ、上の子たちのフォロー体制が整わなかったため、入院せずに様子を見ることになり、毎週通院していました。
33週6日の受診時に急変
33週6日の午後に術前検査がありました。
自宅安静で下腹部痛が頻回になっていたこともあり、自分でも、そろそろ管理入院かな…と思いながらタクシーで病院へ。
あとから夫が迎えに来てくれる予定だったので、「一応入院セット持ってきて(笑)」なんて送信した直後、外来待ち中に座っていられないほどの痛みが現れました。
看護師さんに痛みを伝え、診察順番を先にしてもらうも、待合室のソファから動けず、立ち上がることもできず、ストレッチャーに乗せられ、ストレッチャーの上で超音波検査とNSTを受けました。
医師から「まだ子宮破裂は見当たらないが、張りが強い。いつ破裂するかわからない。MFICUで管理する」と伝えられ、入院することに。
言われるがまま真っ裸になり、尿道カテーテルを入れられ、マグセント(子宮収縮抑制剤)の点滴が始まりました。
このマグセントによる血管痛が本当に強く、動悸も激しくなり、生きている心地がしませんでした…。
しかし、子宮収縮は思うように治まらず、医師から「明日を待つと破裂のリスクが高くなる。破裂すれば母子共に助からない。母子共に助けたい。今夜産もう」と言われ、18時30分頃に緊急帝王切開が決定しました。
なかなか泣き声が聞こえず不安な産後
外来に到着した夫は迎えにきたつもりが、何のことだかわからないまま手続きをし、入院や手術の説明を受けました。
その後、手術室に入るとあっという間に麻酔が入り、帝王切開が開始。
ドラマのように医師の「赤ちゃん出るよー」の声で20時20分に生まれました。
手術室では男声英語の「Happy Birthday to you♪」が繰り返し流れていましたが、赤ちゃんの声は一切聞こえてきませんでした。
不織布に包まれ、赤黒くぐったりとした赤ちゃんをちらっと見せてくれましたが「赤ちゃん、つらそうだから新生児科の先生が処置するね」と言われ、触れてもいないまま離れていきました。
実際はほんの数秒だったのかもしれませんが、何分も産声が聞こえないように感じた次の瞬間、ほんとに小さな声で「ふぇ…」と声が聞こえました。
泣いてくれた!生きている!!と思い、手術台の上で号泣。
しかし、それからは泣き声が続かず心配で仕方がありませんでした。
麻酔科の医師が「赤ちゃん、動いているよ」「赤ちゃん呼吸が下手だからお口から管入れるよ」「きれいな肌色だよ」「かわいいよ」と手術台の頭上でずっと実況してくれて、その言葉にどんなに救われたことか…。
そして、私のお腹が縫われている途中で、新生児科の医師が呼吸器を付けた息子に会わせてくれました。
「呼吸がつらそうだったから、ちょっと呼吸を助けてるよ。NICUで預からせてね」と分かりやすく、丁寧に伝えてくれました。
今でも忘れない、無精髭の濃い、丁寧な先生でした。
不安な産後と看護師さんのサポート
私はお臍の上から20cmほどバッサリ切っていたのと、腹腔内の癒着のため、閉創するのにも時間がかかりました。
MFICUに戻れたのは22時頃。
その後夫がNICUに呼ばれ、新生児科の医師から息子の状態について説明を受けたそうです。
夫は「小さいけど、かわいい赤ちゃんだよ。でも怖くて触れられなかった」と話してくれて、その言葉に余計に不安になりました。
真夜中、担当の看護師さんが、「明日赤ちゃんに会いに行こうね」との言葉とともに、こっそり息子の写真を撮ってきてくれました。
息子がNICUで安定していることに安心したら、急に家に残してきた子どもたちが心配になりました。
すると、これまた担当の看護師さんが「連絡を取ったり、気分転換できるかな?」とスマホを手の届くところに置いてくれました。
夜中でしたが、一番上の子(中学生)に連絡すると、22時まで学童の先生や大家さんが様子を見にきてくれていて、夕食に2人でカップ焼きそばを作ったのがキャンプみたいで楽しかったそうです。
親の心子知らずです(苦笑)
看護師さんは、それぞれの子どものことが心配になったり、麻酔や手術の影響で不安定になったりしていた私を励まして安心させてくれて、翌朝、息子に会うために早朝から歩行訓練を助けてくれて、感謝しかありません。
MFICUで日常を与えてもらえたことで、つらい産後も乗り越えることができました。
赤ちゃんが入院中のママの体験談
母乳が出ず、何もできず、面会もつらくなった
コロナ禍のため、私と家族の面会は禁止。
私も、NICUには決められた1時間だけしか行くことができず、土日は面会禁止でした。
部屋は新生児室からも離れた大部屋で、カーテンを締め切って孤独との戦い。
私のいた病室は絶対安静の妊婦さん2人と、子どもがNICUに入っている私たち2人でした。
しかし、話せることもなく、とにかく搾乳、搾乳の日々でした。
唯一の相棒は院内貸し出しのメデラの搾乳器。
しかし、上の二人は完全母乳で3年以上育てたのに、搾乳機を使っても出ませんでした。
出すには細かく指でしごくしかなく、じわっと出た1~2ccほどの母乳をシリンジで吸い取り、ちょっとずつの母乳を3時間おきにナースステーションに持っていくことの繰り返しでした。
お腹の中でも育てられず、母乳も出ず、おむつも変えられず、1日1時間の面会では子どもに触れるだけ。
息子は保育器の中で苦しそうだけれど、懸命に呼吸しているのに、私は何もできない…。
なんだか自信がなくなって、面会もつらくなってきました。
土日の面会禁止にホッとした自分に嫌気がさし、病室で号泣してしまいました。
NICUのスタッフさんとの交換日記と母の存在に救われた
NICUのスタッフさんとの交換日記は今でも大切にしています。
コロナ禍で面会が制限されていたため、短時間の面会時は、息子はだいだい眠っていました。
抜管後も泣き声もなく、おとなしい子だなぁと思っていましたが、交換日記には「今日は◯g増えていました。よく泣き、甘えん坊。お母さんに会いたいのね(^-^)」「お母さんのおっぱい、チューブから注入してます。もっと欲しいよー、ってナースを泣いて呼びますよ。かわいい赤ちゃんです」と書かれていました。
私が息子にできることは搾乳くらいしかないのに、母乳が出ず、搾乳すら嫌になってきていた時期に喝を入れてくれた、大切な日記帳です。
そして、搾乳すらまともにできない精神状態で私は退院し、その日に発熱。
血圧が急に上がって目の前がチカチカし、救急外来へ運ばれ、私は疲弊していくばかりでした。
心配した私の母は3000km離れた実家から助けに来てくれました。
自宅近くのビジネスホテルに2ヶ月滞在し、NICUに通う私の代わりにホテルと自宅を往復し、家事全般を助けてもらいました。
とても心強く、頼りになる母の存在に、これ以上ないほど前向きな気持ちになりました。
コロナ禍もあり2年以上会えていなかったので、この2ヶ月は神様からの贈り物だと思いました。
育児中の体験談
1歳以降の体調不良の連続
毎月フォローアップ外来を受診し、生後8ヶ月まではシナジス(RSウイルス感染症予防注射)のために通院していました。
息子は末っ子の洗礼も受けず、熱も出さずにすくすく成長していましたが、喉の奥のゴロゴロした音がずっと止まらず、生後3ヶ月で喉頭軟化症と診断されました。
常にたんが絡んでいるような状態で苦しそうに見えるものの、酸素などの値は問題なく、成長と共に解消されるとのことでした。
誤嚥性肺炎などを起こすようならレーザー治療を検討すると言われていましたが、息子は1歳まで特に風邪などはひかず、毎日のどをゴロゴロ言わせながらも、元気に過ごしていました。
また、県外転勤が決まった生後10ヶ月で新生児科のフォローアップ外来は卒業し、自然豊かなあたらしい土地で再スタートとなりました。
しかし、ちょうど母乳からの免疫も切れる頃なのと、環境の変化から熱を出すことが増えてきました。
呼吸器感染が悪化し、1歳で保育園に入園してから2歳までの1年間で3回緊急入院しました。
2歳のときには喘息と診断され、熱性けいれんも2度繰り返したため、発熱時は平静を保てません。
けいれんとクループ(感染症による呼吸症状)はかなりトラウマになり、今でも鼻水が出るだけで不安感に襲われます。
そして、社会復帰と保育園入園のタイミングは時期尚早だったのかと、自分を責める日々も続きました。
3度目の入院の後は、小さく生んだから?保育園に入れたから?キャリアと子育て、どちらも望んだ欲張りな私のせい?と、とても病んでいたと思います。
唯一の救いは、2歳半の今は回復力も上がり風邪も重症化せず、定期通院は喘息治療のみとなったことです。
毎日の吸入と内服を続けています。
また、今年の冬は新型コロナウイルスにもインフルエンザにもかかりましたが、呼吸は比較的安定していて、未知のウイルスを乗り越えられるほど力強く成長してくれています。
風邪対策で購入していた「鼻水吸引器」、上の子のときから使っている「医療用ネブライザー」(吸入器)も大活躍しています。
成長曲線からはみ出るほどの成長ぶり
乳児期の成長はのんびりで、寝返りができるようになったのは生後7ヶ月すぎでした。
のんびりでも着々と成長していることがうれしかったですが、街中では、だいだい小さめで声をかけられました。
生後半年のときに「かわいい赤ちゃん。3ヶ月くらいかしら?」という言葉に少なからず傷ついたものです。
が、そんな悩みもなんのその!
2歳を過ぎた辺りから体がどんどん大きくなり、今ではクラス1高身長の息子です。
保育園の毎月の身体検査も右肩上がりで、成長曲線からはみ出る勢い。
大きくなるって、すっごくうれしいですね。
子どもの成長・発達に関する情報
生後6週(修正0ヶ月):初めての沐浴

体重 | 2758g |
身長 | 46.5cm |
栄養方法 | 混合栄養 |
退院した日に初めて沐浴をしました。
第三子ともあって夫は手慣れたもの。
コロナ禍で一切面会ができず、会えなかった上の子たちにも囲まれ、気持ち良さそうに沐浴…かと思いきや、裸ん坊が嫌なのか、お湯の感触が苦手なのか、大暴れ(笑)
補助イスで座って入れるようになるまで、お風呂が苦手な息子でした。
生後10ヶ月(修正9ヶ月):引っ越しをして環境が変わった

体重 | 8810g |
身長 | 70.0cm |
栄養方法 | 離乳食1~2回+混合栄養(100~200ccのミルク2~3回) |
生後10ヶ月で義実家近くへ赴任が決まり、転居。
結婚して16年目にしてようやく祖父母と暮らせることになりました。
この地域は物価も安く、鮮度のよい食材も豊富なまち。
緑に囲まれた、絶好の子育て環境で、太陽のもとでのびのび過ごせる場所です。
ただ、地域に小児科医は1人。
呼吸器が弱い息子は風邪をこじらせることも多く、悪化のたびに片道1時間近くかけて県立病院へ行き、入院治療を繰り返すことになりました。
乳幼児のホームケアは難しく、親にはきついものがあります。
夜中も安心してすごせるようになるには、もう少しかかりそうです。
子どもの入院ケア施設が足りないのも不安です。
一方で息子は保育園でいろいろな子どもの刺激を受けて成長し、週末は芝生の公園で筋トレ(笑)。
スクスク成長し、外遊びも大好きになりました。
転居時はまだつかまり立ちがやっとでしたが、1歳3ヶ月頃に歩けるようになりました。
2歳3ヶ月(修正2歳2ヶ月):明るくすくすくと成長

体重 | 12.7kg |
身長 | 90.0cm |
栄養方法 | 3食+2回の補食+母乳 |
保育園にも慣れ、元気いっぱい!
納豆飯と蒸かした芋が好きです。
明るくひょうきんな息子はなんにでもなりたがり、アンパンマンになってみたり、パウパトの車に乗っているつもりで「セット、オン!」なんてセリフ付きで滑り台からおりてきたり、保育園もご近所さんも、誰も小さく生まれたとは感じない成長ぶりです。
流行語の「挽き肉です!」も大好きなようで、どこにいても「挽き肉…」と聞こえるとポーズをとります。
お子さんへのメッセージ
パパとママとねぇね、にぃにの家族のところにきてくれてありがとう。
誰よりも小さく、苦しい思いもたくさんしてきたけど、夢や希望をたくさん抱えてきてくれたね。
あなたはみんなに愛されています。
そしてたくさんの愛を家族に与えてくれます。
本当に生まれてきてくれてありがとう。
みんなで楽しい優しい家族になっていこうね。
少し小さい赤ちゃんを生んだママへ、一言メッセージ
赤ちゃんは育ちます。
親の心の安定は、子どもを守り、成長させることに一番大切なことでした。
ファミサポ、一時保育、シッター、家事支援、産後の見守り支援、祖父母、親戚、近所の方々など、ママが甘えることができて、頼りになるシステムなどをどんどん活用し、子育てをひとりで抱えないようにしてほしいです。
小さな子、大きな子、ゆったりさん、あわてんぼうさん、どれも愛おしい存在です。
子どもはいろんな世界を見て、知って、成長していきます。
悩んだら吐き出して、みんなで一緒に子育てできたらいいなと思っています。